システム開発・ソフトウェア開発契約における責任制限条項

損害賠償に関する民法上の原

民法の原則では、損害賠償責任の範囲は、民法416条に基づき、債務不履行と相当因果関係のある範囲(通常生ずる損害及び予見可能である特別な事情から生じた特別損害)とされています。
また、損害賠償額の限度額について、特段上限が設けられているものではありません。

システム開発・ソフトウェア開発契約における責任制限条項

他方、システム開発・ソフトウェア開発契約にかかる契約条項においては、損害賠償責任につき、損害の範囲に制限を設けたり、損害賠償の額の上限を定めたりといった、責任制限条項が置かれることが多くあります。
これは、システム開発・ソフトウェア開発の特殊性にかかる意見を汲んだ上、これを反映した条項が作成されているものと言えます。
ただし、その特殊性を反映する必要があるか否かについて、これを否定する意見も実務家の中にあることを付言しておきます。

IPA「情報システム・モデル取引・契約書」第53条

例えば、IPA「情報システム・モデル取引・契約書」の第53条では、次のようなモデル条項が示されています。

(損害賠償)
第53条 甲及び乙は、本契約及び個別契約の履行に関し、相手方の責めに帰すべき事由により損害を被った場合、相手方に対して、(○○○の損害に限り)損害賠償を請求することができる。但し、この請求は、当該損害賠償の請求原因となる当該個別契約に定める納品物の検収完了日又は業務の終了確認日から○ヶ月間が経過した後は行うことができない。
2 本契約及び個別契約の履行に関する損害賠償の累計総額は、債務不履行(契約不適合責任を含む、)不当利得、不法行為その他請求原因の如何にかかわらず、帰責事由の原因となった個別契約に定める○○○の金額を限度とする。
3 前項は、損害賠償義務者の故意又は重大な過失に基づく場合には適用しないものとする。

このモデル契約書は、次の3つの責任制限条項から構成されています。

  • 具体的な損害賠償の上限額
  • 損害の範囲の制限
  • 請求期間の制限

以下では、モデル契約書を参考に、これらについて見て行くこととします。

第1項本文

第1項本文は、「(○○○の損害に限り)」という部分を除けば、債務不履行責任や不法行為責任等にかかる損害賠償責任につき、相手方の帰責事由によって損害が生じた場合に限定するものであり、民法の原則と変わりのないものです。
したがって、第1項本文で重要なのは「(○○○の損害に限り)」という部分であり、この部分が損害の範囲を限定する規定ということになります。

「(○○○の損害に限り)」という部分には、「直接かつ現実に生じた通常の損害に限り」 といったような文言が入る場合が多い印象です。
実際、IPAモデル契約書の解説においても、「直接の結果として現実に被った通常の損害に限定して損害賠償を負う旨規定することが考えられる。」との記載があります。

 「第1項では、損害賠償責任の成立を、帰責事由のある場合に限定している。なお、損害の範囲について制限を設ける場合には、通常損害のみについて責任を負い、特別事情による損害、逸失利益についての損害や間接損害を負わないとする趣旨から、直接の結果として現実に被った通常の損害に限定して損害賠償を負う旨規定することが考えられる。」

また、弁護士費用は損害として認められにくい傾向があることから、弁護士費用を損害に含む旨を追記する場合もしばしば見受けられるところです。

第1項ただし書

第1項ただし書は、請求期間の制限を設ける規定です。
これは、損害賠償請求を行う場合一般について、請求期間を制限する規定であり、時効でもなければ契約不適合責任にかかる期間制限とも異なります。
このような規定は、他の契約類型ではあまり見られないような規定かもしれません。

IPAモデル契約書の解説部分には特に記載はありませんが、この規定は、システムが稼働した直後から、ユーザー側の要請により、成果物たるシステムに様々な機能の追加や改定がなされることが少なくなく、そのような変化に対応しなければならないという、システム開発の成果物の特性を踏まえた取引慣行に合わせたものと言われています。
また、システム開発・ソフトウェア開発分野では、他の分野以上に、時間が経過するにつれて損害発生の原因の特定がより困難となることが想定されるため、当事者間の関係を早期に安定させる必要があり、この点に請求期間制限の大きな意味があるとも言い得るでしょう。

第2項

第2項は、損害賠償額の限度額を設ける規定です。
その性質は、民法の条文で言えば、民法420条1項における損害賠償額の予定ということになるかと思われます(後掲東京地判平成31・3・20参照)。
「個別契約に定める○○○の金額」の部分には、「個別契約に定める報酬の金額」 といった文言が入る場合が多い印象です。
この点は、特にユーザーからの反発が大きいところでもあります。
では、IPAモデル契約にすらこの規定が盛り込まれている理由はどこにあるのでしょうか?

損害賠償額が高額になる場合も多いこと

まず、システム開発・ソフトウェア開発契約にかかる損害賠償の額は、極めて高額となる場合も少なくなく、これをベンダーのみで負担しなければならないとなると、ベンダーの負担は著しく重いものとなってしまいます。
とすれば、ベンダーにとってはハイリスクですから、契約条件をそれに応じたものとするか(契約金額をリスクを反映して高くした上で、納期をかなり後ろに持ってくる等)、そもそもシステム開発を行わないか、このいずれかになってしまうのではないでしょうか。
もっとも、前者を選択できるユーザーはほとんどいないでしょう。

ベンダーのコントロール可能な範囲が限定されること

また、様々な製品を組み込んで開発するのが一般的となっていることからすると、システムを構築・運用する上で、整合性等を完全に検証する手段がなく、ベンダー側としての予防手段は限られています。
海外製品を組み込んで開発する場合、当該海外製品の不具合による損害リスクも、通常はベンダーが負わなければなりません。
そして、ハードウェア、ソフトウェア等を問わず、様々な要因がシステムに影響を及ぼすのであり、ベンダーがコントロールできる要素が他の契約類型と比べて非常に限定的です。 にもかかわらず、これらによるリスクをベンダーがすべて負担しなければならないとなると、ベンダーはかなり重いリスクを負うこととなってしまいます。

システム開発・ソフトウェア開発契約の契約金額が実際に負担する経費でほとんどすべて構成されること

さらに、システム開発・ソフトウェア開発契約の契約金額は、人件費、外注先に支払う委託費、開発環境維持費等、ベンダーが実際に負担する経費でほとんどすべてが構成されています。
契約金額で投入される労働力が決定されるわけですから、成果物の信頼性等も、契約金額と正の相関関係があると言い得ます。
とすると、ベンダーとして負う注意義務の程度は、ユーザーが支払うこととなっている報酬の額に釣り合うものとすべきとも考えられます。

システム開発・ソフトウェア開発はベンダーとユーザーとが協働して行うものであること

加えて、システム開発・ソフトウェア開発は、ベンダーとユーザーとが協働して行うものであり、システムによる損害がユーザーに生じたとしても、その原因がユーザーにもあることがほとんどです。
これは裁判例を見ても同様であり、裁判所がベンダーの債務不履行等を認め、すなわち損害賠償責任を認めた場合であっても、ユーザーにも過失があったとして、過失相殺を行っている事案がほとんどです。
ですから、契約金額を超過した損害は、ユーザーが負担すべき割合に相当する部分であると考えることにも合理性はあると言い得ます。

慣習

そして、賠償限度額を契約金額とすることは、それ自体が国内外で共通の考え方として長年受け入れられており、国内での訴訟においても受け入れられています。

まとめ

以上の理由からすれば、システム開発・ソフトウェア開発契約において、損害賠償額の限度額を設けることには十分な合理性があると言い得るでしょう。
もちろん、あらゆる場面で設けるべきだとも思いませんから、事案に応じて、適切に判断することが必要です。

なお、IPAモデル契約書の解説には、契約不適合責任に基づく報酬減額請求権が行使された場合には、当該減額後の金額が上限となると解されるとの記載があります。
減額された報酬は、契約不適合部分に応じた損害賠償額と同一のものと言い得ますから、当該解釈は妥当だと思われます。

第3項

第3項は、第2項の免責や責任限定が、損害賠償義務者に故意重過失が認められる場合には適用されないとする規定です。
一般的に、損害発生の原因が故意重過失による場合、免責規定や責任制限規定は信義則に反して無効と考えられていますから、これを反映した規定ということになります。

一般的に「重過失」とは平たく言えば「故意と同視し得る程度の不注意」とされています。 なお、システム開発・ソフトウェア開発紛争においては、重過失の認定が他の事案類型と比べて緩やかとの指摘がなされています

若干の補足

なお、IPAモデル契約書解説において、次の2点が指摘されていることには留意すべきと考えられます。

  • 損害賠償責任については、契約書締結前のプロポーザル・見積段階において、事前に提案・見積条件として説明すること
  • 具体的な損害賠償の上限額、契約不適合責任の存続期間、債務不履行責任による損害賠償請求の期間については、個々の情報システムの特性等に応じて定められるものであること

野村vsIBM事件第一審判決(東京地判平成31・3・20)

責任制限条項については、野村HD・野村證券vsIBM事件の第一審が参考になるかと思うので、ここで紹介したいと思います。

事案の概要

原告である野村HDは、被告である日本IBMに対し、原告である野村證券の業務に供するシステム開発業務を委託し、日本IBMはこれを受託しました。
しかし、予定された稼働時期に完成しないことが明らかとなりました。
そこで、野村證券は、日本IBMに対し、前記開発業務の中止を通告し、また、野村HDを代理して、前記開発業務の履行不能を理由に、前記業務委託にかかる各個別契約(念のため付言すると、多段階契約モデルが採用されていました。)を解除するとの意思表示をしました。そして、東京地方裁判所に、履行不能によって野村HDが被った損害等について、債務不履行責任に基づく損害賠償請求等の訴えを提起するに至りました(なお、請求額は約36億円でした。)。
これに対し、日本IBMは反訴を提起し、前記開発業務が頓挫した原因は野村HD及び野村証券にある等の理由により、民法536条2項に基づく報酬請求や債務不履行に基づく損害賠償請求等を行うに至りました。

東京地方裁判所は、野村HD及び野村證券日本IBMが締結した17件という多段階契約のうち、3件の個別契約に限り、日本IBM債務不履行を認定し、日本IBMに約16億円の賠償を命じ、その余の請求はすべて棄却する判決を言い渡しました。

ところで、同判決によれば、日本IBM債務不履行により野村HDが被った損害の額は、19億1373万円でした。
しかし、実際に日本IBMが賠償すべきとされた損害の額は、16億2078万円でした。 この約3億円の差は、まさに責任制限条項によってもたらされたものということになります。

なお、この事案での責任制限条項は、次のようなものであったと認定されています。

 「本件各個別契約のうち履行不能となった契約は、本件個別契約13~15のみである……。そして、本件個別契約13及び15にはIBMの損害賠償責任は(中略)損害発生の直接原因となった当該別紙所定の作業に対する受領済みの代金相当額を限度額とする。』との責任制限条項が、本件個別契約14には『お客様がIBMの責に帰すべき事由に基づいて救済を求めるすべての場合において、IBMの損害賠償責任は(中略)損害発生の直接原因となった当該『サービス』の料金相当額(中略)を限度とする。』との責任制限条項が、それぞれ設けられている(……。以下、契約の略称に合わせて『本件責任制限条項13』のように略称する。)。」

責任制限条項の趣旨及び性質

まず、裁判所は、責任制限条項の趣旨及び性質について、次の2点を指摘します。

  • 責任制限条項の趣旨は、損害額が多額になるおそれからこれを限定するものであり、多段階契約においては損害賠償の観点からも契約の個別化を図る点にある
  • 責任制限条項の性質は、賠償額の上限を定めた損害賠償の予定である

 「本件各責任制限条項は、経済産業省が提唱するモデル契約においても類似の規定が設けられているものであり……、その趣旨は、コンピュータ・システム開発に関連して生じる損害額が多額に上るおそれがあることに鑑み、段階的に締結された契約のいずれかが原因となってユーザに損害が生じた場合、ベンダが賠償すべき損害を当該損害発生の直接の原因となった個別契約の対価を基準として合意により限定し、損害賠償という観点からも契約の個別化を図るものと解される。また、その性質は、賠償上限額についての損害賠償の予定と解される。」

その上で、日本IBMが賠償すべき損害について、次のとおり述べました。

 「そうすると、本件個別契約13~15の下で被告が賠償すべき損害は、本件責任制限条項13~15により、本件個別契約13及び15の支払済みの代金額に、本件個別契約14の代金相当額を加算した合計16億2078万円に限られるというべきである。そして、前記……認定の損害は、合計19億1373万円であり、既に上記損害賠償予定限度額を上回るから、本訴債務不履行請求のうち、同金額を超える損害について賠償を求める部分は、その余について判断するまでもなく理由がない……。」

信義則違反による責任制限条項の無効可能性

野村側は、責任制限条項は一方的に野村側に不利な内容であるにもかかわらず何らの交渉も行われず、また交渉を行うこともできないまま定められたため、信義則に反し無効であると主張していました。
もっとも、裁判所は、次の各点を指摘した上、本件における責任制限条項は対等な当事者が自由な意思で合意したものと認定しています。

  • 経産省のモデル契約における責任制限条項は、ユーザ・ベンダ双方のリスクを考慮したものである
  • 契約当事者の一方について、一方的に不利益な契約条項を是正する交渉力が劣後していたわけではない
  • すべての個別契約に同様の条項があり、一方当事者が内容を確認せずに調印したという事実はない
  • 調印にあたって責任制限条項の交渉を求めた事実が見当たらない

 「原告野村HDは、信義則違反の理由として、本件各責任制限条項が一方的に同原告に不利な内容であるのに、何らの交渉も行われず、交渉を行うこともできないまま定められたと主張する。
 しかし、まず、本件各責任制限条項と類似の規定を含む経済産業省のモデル契約は、ユーザ・ベンダ双方のリスクを考慮したものとされている……。また、本件各個別契約は、消費者契約ではなく、それぞれの業界において我が国を代表するともいえるような大企業の間で締結されたものであり、原告野村HDについて、一方的に不利益な契約条項を是正する交渉力が被告に劣後していたと認めるに足りる証拠はない。
 しかも、本件各責任制限条項は、本件個別契約13~15に係る契約書のみならず、同様に被告の役務提供を内容とする本件個別契約1~5、8、9及び17に係る各契約書……にも明記され、これらの契約書はいずれも被告の調印から数日を経て原告野村HDの調印がされているから、原告野村HDは、本件各個別契約の内容を確認の上、調印に応じたものと認められるところ、その調印に当たり、原告野村HDが本件各責任制限条項について被告に交渉を求めたような気配は、本件全証拠によっても見当たらない。
 以上の事情の下では、原告野村HDが、契約書上明記された本件責任制限条項13~15が本件に適用されないと信頼して調印したとは認められない。かえって、以上の事情を総合すれば、本件各責任制限条項を含む本件個別契約13~15は、対等な当事者が自由な意思で合意したものというべきであり、信義則違反により無効であるとの原告野村HDの主張は採用できない。」

重過失による責任制限条項の適用除外可能性

野村側は、本件における債務不履行は重過失によるものであったとして、責任制限条項の適用を除外すべきである旨も主張していました。
これに対し、裁判所は、責任制限条項の趣旨から、一方当事者に重過失がある場合における責任制限条項の適用除外の余地を残しつつ、本件では日本IBMに重過失がなかったとして、結論としては適用除外を否定しています。

この裁判例で注目すべき点の一つは、ベンダーの重過失が認められるとされる例を示した点にあります。
(もちろん、重過失の場合に責任制限条項の適用除外の余地があると示したことも重要です。)
すなわち、裁判所は、次のような場合には、ベンダーに重過失が認められると述べています。

  • 通常のベンダとしての裁量を逸脱して社会通念上明らかに講じてはならないような不合理な対応策を取った場合
  • ベンダとして社会通念上明らかに講じなければならない対応策を怠った場合

 「ベンダに重過失がある場合に責任制限条項を適用しない旨の規定は、経済産業省のモデル契約には設けられているものの……、本件個別契約13~15に係る各契約書……には、その旨の明文規定はない。
 もっとも、前記……で説示した本件各責任限定条項の趣旨に鑑みれば、被告に重過失があるときは、信義則に照らして本件各責任制限条項の適用が制限されると解する余地がないではない。」
 「本件全証拠によっても、被告が、通常のベンダとしての裁量を逸脱して社会通念上明らかに講じてはならないような不合理な対応策を取ったとか、ベンダとして社会通念上明らかに講じなければならない対応策を怠ったと認めることは困難である。そして、そのほか被告の重過失を認めるに足りる証拠はない。
 したがって、被告の重過失を理由として、本件各責任制限条項の適用を争う原告野村HDの主張は採用できない。」